大阪地方裁判所 昭和31年(ヨ)2446号 判決 1958年6月12日
申請人(二四四六号申請人二七二四号被申請人) 相互タクシー株式会社
被申請人(二四四六号被申請人二七二四号申請人) 佐々木彦次郎
主文
昭和三一年(ヨ)第二四四六号事件につき
申請会社の申請を却下する。
同年(ヨ)第二七二四号事件につき
被申請会社は申請人を被申請会社の従業員として取扱い、且つ申請人に対し昭和三十一年十月二十六日以降毎月二十八日限り一ケ月金一万一千二百五十円の割合による金員を支払わなければならない。
訴訟費用は右申請会社兼被申請会社の負担とする。
(注、無保証)
事実
第一、申請の趣旨関係
昭和三一年(ヨ)第三四四六号事件につき、申請会社は「申請会社より被申請人に対して提起する雇傭契約不存在確認事件の裁判確定に至るまで、被申請人が申請会社の従業員でない地位を定める。被申請人は申請会社の本社その他営業所に立入つてはならない」との裁判を求め、被申請人は主文第一項同旨の裁判を求め、同年(ヨ)第二七二四号事件につき、申請人は主文第二項同旨の裁判を求め、被申請会社は「申請人の申請を却下する」との裁判を求めた。(以下相互タクシー株式会社を申請人又は会社、佐々木彦次郎を被申請人と夫々略称する)
第二、申請人の主張
一、職歴、解雇及びその事由
申請会社は自動車による旅客運送を目的とするタクシー会社であり、被申請人は昭和二十九年七月二十一日見習配車係として申請会社に雇傭せられ、二ケ月の見習を経て配車係となり、普通代勤配車係から専任代勤配車係に昇進し、昭和三十一年四月頃国際見本市の臨時駐車場に派遣された当時、その就労振を申請会社社長に認められたこともあつて、神戸に申請外相互タクシー株式会社が進出し阪神国道筋に営業所を数ケ所新設することになつた際、抜擢せられて同年五月五日より同年七月末日までの間申請会社の従業員たる資格において、右新設営業所の配車係の指導員として派遣され、配車事務の指導、配車係の養成に従事していたのであるが、その間被申請人に後記の如き行為があつたので、申請会社は右派遣期間を繰上げて同年七月二十六日より会社に帰還を命じ、以来被申請人を専任代勤配車係から普通代勤配車係に降等処分して会社の北営業所に配属し、要注意人物として監視していたが、同年十月二十五日左記理由により解雇を申渡した。即ち
被申請人は前記神戸相互タクシー株式会社に配車係の指導員として派遣されている間は、配車事務の指導、配車係の養成に従事し赴任中の業務の詳細については同申請外会社の新(アタラシ)運輸部長の指示を受ける様申請会社から命ぜられたにもかかわらず、
(1) 同年六月十三日及び十四日の両日同会社の事務所において新しく雇入れた配車係二十七、八名を二班に分けて召集し、勤務上の注意、服務規定、給与規定等について新運輸部長より説明が行われることになるや、被申請人は配車係指導に関する自分の意見が日頃採用されない私怨から、右一四日の説明会の席上自分の指導した配車係三、四名を煽動して服務規定等の説明に対する疑義に関し一斉に質問を集中して同部長をして答弁の暇なからしめて同部長無能の情況をテープレコーダーに収録せんとして同日秘かに同器械を右説明会場に持込み、
(2) 同年七月初頃、同部長より尼崎料亭「近松」に金十二万円の運賃集金を命ぜられたのにこれを拒否し、
(3) 更に同年七月十四日午前十時頃同部長が藤野配車係長に尼崎料亭「よしの」の運賃滞納金を回収する様督励指示を与えている最中、多数事務員のいる事務所内で被申請人は傍から、「そんな古い集金に行く必要ない」といつて同部長の命令を妨害した。
その後被申請人は同月二十六日より会社の北営業所の普通代勤(間勤ともいう)配車係として勤務していたものであるが、北営業所は北新地花街内に位置し又朝日新聞社、毎日新聞社、大阪テレビ其他多数の有名会社等を常得意とする関係から昼夜の別なく繁忙をきわめ又客筋も最上層である。従つて附近には他のタクシー会社の営業所が殆んど相接して所在し各社は挙げて乗客の争奪に、サービスの競争に全力を傾注している実情である。申請会社は右事情に対応する為該営業所には古参の優秀運転者のみを勤務せしめ、車輛は一九五六年式或は一九五五年式等最新年式の大型車を配し、配車係も乗客サービスに熟練した責任配車係二名(一昼夜交替勤務)とこれを援助する間勤配車係(一名)を配し、概ね業務繁忙と考えられる時間(従来は午前七時より午後五時まで。その後正午から午後十時までと変更した)は責任配車係と間勤配車係の二名で勤務し、間勤配車係の勤務時間以外は責任配車係が単独勤務している。配車係には食事等の為二時間の休憩時間が与えられているが、休憩をなす場合は二人が交替で勤務時間中の最も閑散なる時を選び互に相手にことわつて必ず必要毎に分断して短時間づつとることとなつている。又間勤配車係の勤務は常に配車室内又はその外側に待機して責任配車係の注文電話の受理応答によつて直ちに駐車待機中の運転者に配車指示を伝え、乗込客のある時は直ちに迅速に応待してドアーサービスを行い、責任配車係が集金其他所用の為離席する時は代つて電話の応待もしなければならない。被申請人は以上の様な配車係の勤務事情を十二分に知悉しているにかかわらず、
(4) 昭和三十一年七月二十八日より同年十月二十四日まで毎日責任配車係に何等断わることなく長時間、然も日に何回となく休憩室に入り煙草をふかし、責任配車係の繁忙に目もくれず電話の応答、客の応待等の自己の業務を怠つた。
(5) 服務中は制服を着用しなければならないのに、同年七月二十七、八日の両日勤務時間中に制服指令に反し上衣を脱し、シヤツ一枚となり客の応待電話に出た。
(6) 同年十月十九日勤務時間中である午後四時頃より午後五時半過まで休憩室で私用の葉書を書き、その間客の応待、電話の応答をしなかつた。
(7) 営業所勤務の配車係は出退勤の際本社の配車係に電話で通知し、その確認を受けることになつていて、その勤務時間は配車係が出勤時刻を本社に電話連絡した時から退勤時刻を通知するまでとなつている。しかるに被申請人は昭和三十一年七月二十八日北営業所より退勤の際本社に電話連絡することなく退勤して漫然職場を離れた。
被申請人の以上の所為中(1)、(2)、(3)の各所為は就業規則第八十一条一号(上長の名誉を毀損した者)、二号(上長の職務上に基く指示命令に服せず之に反抗し若しくは暴言を吐いた者)、三号(会社又は上司に損害を与える目的を以て様々な行動をする者)に、(4)、(5)、(6)、(7)の各所為は同十五号(勤務怠慢なる者)、二十号(職務上の報告を偽り正直でない者、就業中の心得に違反したる者)及び制服指令違反に該当し、これを放置しておくと他にも悪影響し、申請会社の社風を乱すのみならず、乗客に不愉快を与え、よつて申請会社に損害を与える因となるものであるから、申請会社としては懲戒解雇をもなし得るのであるが、かかる非常手段をとることなく、就業規則第五十三条により一ケ月の予告手当金一万一千二百五十円を提供して解雇を申渡したのである。(被申請人は前記予告手当を受領しないので会社は昭和三十一年十月三十一日これを大阪法務局に供託した)。よつて右解雇は通告と同時に効力を生じているものである。
二、仮処分の必要性
しかるに被申請人は右解雇言渡後もこれを無視し申請会社の北営業所に立入り、運転者をおびき出したり、配車係の業務を妨害する等、申請会社の営業を妨害する行為をし将来も継続する虞がある。よつて被申請人の従業員たる地位不存在並に立入禁止の仮処分申請に及ぶ次第である。
三、被申請人の仮処分申請に対する答弁
1、被申請人の解雇当時の平均賃金が月額一万一千二百五十円であること、賃金の支払期日が毎月二十八日であることは認め、その他の点については、前記一、記載の解雇理由を援用する外、本件解雇が被申請人の正当な組合活動を理由としてなされたとの主張は否認する。
2、不当労働行為の主張について
(イ) 申請会社は組合活動を否認するものではなく、被申請人が協約の条文のみから申請会社の労働組合対策を論断するのは誤つている。即ち、申請会社は京阪神のタクシー会社が運転者に支払うと同様の労働賃金を支給する外、運転者がある車に専任乗車してからその車の購入原価がその車のタクシー稼動収入によつて償却された後はその車を売却しその売却金を労資が折半し(昭和三十年五月九日実施)、もし売れない場合は普通の労働賃金の外にその車の月々の収支計算によつて生ずる利益の凡そ半額を当該運転者に別途支給している。従つて運転者は一日でも早く原価償却が済むように日々の労働にいそしみ、非常に高賃金を得ている。申請会社において労資間の争いが極めて尠ないのは、労資の利害が相反しない右の特異な労務管理に基くものである。従つて、申請会社の組合は労働条件の改善に伴う闘争は消極的たらざるを得ず、皮相的には御用組合と錯誤される所以でもあるが、会社としても組合を殊更に敵対視する必要はない。被申請人の指摘する協約もこのような労務管理のもとに出来上つたもので、被申請人の主張は、右の労務管理の特質からかけ離れた机上論に過ぎない。更に労資が対等の立場で協議承諾の上、双務的に締結した協約が不当労働行為性を持つとは考えられないし、右協約は組合役員が組合中央委員会における満場一致の事前承認を得た上締結されたもので、被申請人のいうが如く二、三名の組合幹部と会社の意向によつて作られたものでは断じてない。なお会社としては、組合の申入によるユニオンシヨツプを主軸とする協約締結を不利と考え、「協約に署名した組合長一、副組合長二、書記長一に異動のあつた場合は本協約は無効とする」「組合の上級団体の加盟については会社と協議しなければならない」との厳しい二条件を掲示してその不成立を希つたが、右第一条件を組合上順三役の半数以上に異動のあつた場合は協約を無効とすることに会社が折れて成立したものである。
(ロ) 被申請人は組合の運営は一、二の幹部の意向のままに動き組合員の中には組合民主化の運動傾向が発生したというが、右協約締結後の昭和三十一年十月二十日よりの役員選挙では組合三役と執行委員十九名並びに中央委員の大部分が再選されたのであるから、組合運営が非民主的であつたとは解せられない。殊に被申請人が組合の正常且健全な発展を希望し組合の運営、組合員の権利擁護のため常に積極的な意見を述べて来たというが、そのような事実はなく、反つて組合運動には甚だ不熱心であつたのである。
(ハ) 被申請人主張の会社の不当圧迫について
被申請人が昭和三十一年一月元旦一森配車課長宅に年始に来たことはあるが、当時被申請人は配車係の職務に精励しており、同課長は被申請人を優良配車係として信頼し、前記の如く同年四月には国際見本市の臨時駐車場の配車係を命じ又五月には神戸相互タクシーの配車係指導員に推せんした位であつて、被申請人に組合活動を抑圧するようなことをいつたことはない。
昭和三十一年八月市田常務が申請会社北営業所の責任配車係である古沢新一及び秋武米三郎の下に被申請人を間勤配車係として配属した際、右両名から誓約書を徴して被申請人の特別の監督と上司えの報告を命じたことはあるが、それは被申請人に前記のように神戸派遣当時悪質な事件があつたから会社として右責任配車係に被申請人の「社規に反したり勤務時間中に組合活動を行う様な事」(就業時間中の組合活動は協約第十四条にも禁じている)についての監督と報告義務を負わしめるのは当然のことであり、被申請人の行動一切とか就業時間外の組合運動まで監督且報告させたものではない。
被申請人のその他の主張事実中一森課長が被申請人に同年十月二十二日の休暇願を許さなかつたこと同月二十四日の組合選挙で、被申請人が職場委員(中央委員ともいう)に選出されたことは認めるが、他は全部否認する。しかし、休暇を与えなかつた理由は、被申請人には半月前の十月二日、三日と連続して休暇を与えたこと、及び十月二十二日に被申請人に休暇を与えるとこれに替る代勤が無かつたからで、しかもその時の休暇願出理由が「十月二十二日京都の時代祭見物を友人と約束したから」ということであつたからである。又組合役員の選挙は十月二十一日より同月二十四日までの四日間に自由に投票してよいことになつているから、右休暇不許可と組合役員選挙とは全く無関係である。更に申請会社が被申請人に解雇を言渡したのは同月二十五日午後三時頃であり、被申請人が再度中央委員に再選されたことが組合から告知されたのは同月二十六日午前九時頃であつて、委員再選と解雇とは何等の関係がない。
3、被申請人は昭和三十二年二月九日解雇を認め離職票を受理し、ここに解雇は確定したのであるから、被申請人の仮処分申請は失当である。
4、本件解雇が仮に無効であるとしても、被申請人の仮処分申請は保全の必要性がない。
被申請人は独身者で失業保険を受けているばかりでなくミシン行商をし、三、四十万円を貯えているし、又解雇申し渡しの際会社が身元保証金三万円とその利子六千二百二十一円及び解雇手当一万一千二百五十円を受取るよう提供したところ、被申請人は会社と当分争つても不自由しないから預けておくと述べていたところからしても、被申請人は差迫つた生活の脅威を受ける状態にはいないばかりでなく、被申請人の本件申請は金儲を目的とする申請であるから、保全の必要性がない。
第三、被申請人の主張
一、申請人の仮処分申請に対する答弁
(一) 申請人主張の第二、の一記載の事実中、申請会社の業種、被申請人の職歴、被申請人が神戸の申請外相互タクシー株式会社に派遣されている間同会社の新運輸部長の指示を受けるよう命ぜられていた事実、配車係には勤務時間中二時間の休憩時間が与えられていること、被申請人が申請人主張の事由によつて解雇通告を受けた事実はいずれも認める。なお解雇理由として、被申請人が右申請外会社の配車係指導員として勤務中、会社の指示事項以外の労働運動をなしたことも口頭で述べられた。
申請人主張の解雇理由(1)について。申請人主張の如く説明会が行われることになり、十四日の説明会に際しテープレコーダーを会場に持込んだ者があることは認めるが、他は否認する。持込んだのは被申請人ではないし、持込につき事前に相談を受けたこともなく、煽動したこともない。持込の趣旨は勤務上重要な規定の説明が曖昧で矛盾したものであつてはならないので、その様なことのない様正確な記録を残す為になされたものと聞いている。
同解雇理由(2)について。新部長よりその様な指示を受けたことがあるが、これを拒否したことはない。この件はその直前まで西村課長及び野崎氏が集金の交渉に当つていたのでその両者のどちらかに行つて貰つた方がいきさつを知らない被申請人が行くよりよいからと意見を申述べ、それが了承されたまでのことである。
同解雇理由(3)について。新部長より藤野配車係長に尼ケ崎料亭「よしの」の運賃滞納金を回収するよう指示されていたことは認めるが、他は否認する。被申請人は先に西村課長より「よしの」の支払日は毎月五日から十日までの間に先方から通知することになつているからその日にとりに行くよう指示されていたので、その際そのことを同部長に申し出ただけであり、命令を妨害したことはない。
同解雇理由(4)について。全面的に否認する。申請人の主張は極めて漠然として具体性を欠いている。
同解雇理由(5)について。執務時間中は制服を着用すべき制服指令の存すること、被申請人が申請人主張の日に上衣を脱いだまま客の応対電話に出たことは認める。しかし両日とも勤務時間外の出来事で、着替中にたまたまその近くに居合せていたため、会社のためを思つて突差に電話に出たのであり、制服指令違反となるものではない。営業所勤務の配車係は退勤の際本社の配車係に連絡することになつているが、右退勤報告の有無と勤務時間とは別問題である。又このことは既に誓約書を差入れて解決済である。
同解雇理由(6)について。被申請人がその日休憩室で私用の葉書を書いていたことは認めるが、それは休憩中のことである。配車係は勤務時間の中適宜二時間の休憩を許されているから、その許された範囲内において休憩室に入つて休むことは当然のことであり、被申請人が閑散時に休憩をとり、その間に私用の葉書を書いたことはとやかくいわれる筋合のものではない。尚このことも誓約書を差入れ、解決済である。
同解雇理由(7)について。この事実は認める。しかしこれは報告を偽つたものではなく単に失念したに過ぎないから、就業規則第八十二条第二十号にいう「報告等を偽り正直でない者」には該当しない。
(二) 申請人の仮処分申請は保全の必要性を欠いている。
被申請人は本件解雇通告を受けてから、申請人主張の如き会社の業務を妨害したこともなければ、なす意思もない。ところで、仮の地位を定める仮処分は現実的具体的に回復不能の損害や危険を防ぐ必要性のある場合にだけ認めらるべきものである。本件解雇については、被申請人が解雇の効力を争うているから、法律的には紛争が残つているけれども、現実的には会社の解雇の意思表示により解雇されたという状態が現に作り出されていて、会社に現実的な損害や危険を生せしめるような特定の行為は存しない。従つて、申請人の本件仮処分申請は、保全の必要性がないものとして却下さるべきである。
二、本件解雇は左記の理由により無効である。
(一) 本件解雇は労働協約並に就業規則に違反する。
右第三の、一の(一)に述べたとおり、申請人があげる解雇理由について被申請人には申請人主張の就業規則第八十一条各号に該当する事由がないから、同条を根拠としてなされた本件解雇は右就業規則に違反するばかりでなく、同規則を準用する労働協約第二十七条にも違反し無効である。
(二) 本件解雇は被申請人の正当な組合活動を理由としてなされたものであるから不当労働行為として無効である。
1、会社は在阪タクシー業界の王座を占める地位にあるが、労資協調企業の家族主義をモツトーに掲げ特異な一、二の組合幹部との提携によつて実質上組合運動を否認する方針を決めているものである。このことは労働協約自体の中にも明白に現われている。例えば完全ユニオンシヨツプ協定を締結している(協約第五条)反面、特に「協約に署名した組合上順三役の半数以上に異動があつた場合は本協約を無効とする」(協約第二十九条)との附則を定めている。一般的に言つてユニオンシヨツプ制を完全に獲得し得る労働組合は極めて強い組合であるか、御用組合の何れかであるが、このことと右附則とを対比して考えると、特定の二、三名の組合幹部と会社の意向によつて協定が作られること、即ち組合幹部の御用化的傾向を如実に示している。このことは協約第八条が「組合の上級団体加盟については会社と協議しなければならない」と規定している様に、協約の規定自体不当労働行為性を持つような協約を制定していることによつても明である。
2、組合の運営は一、二の幹部の意向のままに動いていたから、組合員の中に組合民主化の運動傾向が発生しつつあつた。被申請人も又組合の正常且健全な発展を希望し、組合の運営、組合員の権利擁護のため常に積極的な意見を述べて来たものである。
3、申請会社の被申請人に対する不当な圧迫について、
被申請人は昭和二十九年十月十八日結成された相互タクシー労働組合の組合員であつて、昭和三十年十月より職場委員となり、昭和三十一年十月二十四日再選されたものであるが、
(イ) 昭和三十一年一月始頃一森配車係長(被申請人の直属上司)は被申請人に対し「今年は組合運動をしたり、組合の集会で発言するな、君の行動はすべて会社で判つているのだから、」と勧告し、被申請人の組合運動を抑圧し、これに応じなければ不利益扱いが行われることを暗に示し、
(ロ) 同年八月三日市田常務は某配車係に対し被申請人の行動一切を報告するよう指示し、報告を偽つた場合は如何なる処分を受けても異議ない旨の誓約書を書かせ、被申請人の組合活動を含む一切の行動をスパイする態勢をとり、
(ハ) 同年十月三日頃多田社長は一部組合幹部に対し「佐々木は神戸指導員時代に組合活動をしていたが、今後組合内部から佐々木のようなものが出ないよう注意して欲しい。」と指示し、
(ニ) 同月二十一日被申請人が、二十二日の休暇願を提出したところ、前記一森課長は組合の活動家であるとの理由で許可しなかつた。尚二十二日は組合役員の選挙日であつた。
以上の如く被申請人に対する会社の不当労働行為が継続されていた際、昭和三十一年十月二十四日被申請人が組合選挙の結果、職場委員(中央委員)に選出されるや翌二十五日先に述べたとおりの解雇理由とならない事実を掲げて本件解雇をなしたものである。従つて本件解雇の真意は被申請人の平素の良心的な組合活動を理由としてなされたものであるから、本件解雇は無効である。
(三) 本件解雇は解雇権の濫用である。
仮に百歩を譲り、解雇事由に関して被申請人に一部形式的に就業規則第八十一条各号に該当する事実があるとしても、それは極めて些細軽微なものであつて、経営秩序を妨害する程の行為ではなく、その裏には前記神戸派遣中配車係の服務改善につき正論を直言する被申請人に対する新運輸部長の私怨が発端をなし、同部長の悪意ある報告に基き会社帰還後は要注意人物として監視し遂にかかる些細なことを理由に解雇したものであり、被申請人が従来積極的に勤務しその成績も優秀であつたこと、解雇が労働者の生存権に対する重大な脅威であるということ、及び企業の公共性とそれに伴う責任とを考え合わせるときは、被申請人を前記就業規則により最重の解雇処分とすることは、権利の濫用として許されないといわなければならない。
三、本件解雇は以上いずれの点からみても無効であつて、被申請人は依然会社の従業員たる地位を保有し、会社に対し賃金請求権を有する。本件解雇当時の被申請人の一ケ月平均賃金は金一万一千二百五十円であつて、被申請人の賃金請求権は右割合によつて算定するのを相当とするから、会社は被申請人に対し解雇通告の翌日以降右割合による賃金をその支払期である毎月二十八日限り支払わなければならない。被申請人は近く解雇無効確認、賃金請求の本訴を提起する所存であるが、賃金を唯一の生活手段とする労働者として、本案判決による救済まで右解雇による差迫つた生活の脅威を忍受できないから、地位保全及び賃金支払の仮処分申請をするものである。
被申請人が昭和三十二年二月九日離職票を受理したことは認めるが、被申請人はこれによつて解雇を承認したものではない。
第四、疎明関係<省略>
理由
申請会社が自動車による旅客運送を目的とするタクシー会社であり、被申請人が昭和二十九年七月二十一日見習配車係として申請会社に雇傭せられ、二ケ月の見習を終り配車係となつたこと、被申請人が普通代勤配車係から責任代勤配車係に昇進し、その間神戸の申請外相互タクシー株式会社が阪神国道筋に新設した営業所の配車係の指導員として申請会社から昭和三十一年五月五日以降右申請外会社へ抜擢派遣せられていたが、同年七月二十六日には申請会社に帰還を命ぜられ、以来普通代勤配車係に降等処分を受けて申請会社の北営業所に勤務していたこと、申請会社が同年十月二十五日その主張の如き解雇理由をあげて被申請人に口頭で即時解雇の通告をしたことは当時者間に争がない。被申請人は右申請外会社への派遣当時被申請人が会社の指示事項以外の労働運動をなしたことをも解雇理由としてあげた旨主張するけれども、これを認める疎明はない。
そこで申請人の主張する解雇理由につき順次判断する。
1 神戸派遣中の解雇理由(1)の事実について
神戸の申請外相互タクシー株式会社が昭和三十一年六月十三日及び十四日の両日、午後三時頃から同会社の事務所内で新しく雇い入れた配車係二十七、八名を二班に分けて召集し、新光義運輸部長から勤務上の注意、服務規定、給与規定等につき説明を行うことになつたこと、右十四日の総会に際してテープレコーダーが右会場に持込まれたことは、当事者間に争がなく、成立に争のない甲第三号証、弁論の全趣旨に徴し成立を認める甲第二十八、同第三十二乃至第三十五号証の各一、二、同第三十六、第三十七、第四十号証、証人一森太郎、同市田実二郎、同新光義、同森本高茂、同鈴鹿仁の各証言、被申請人本人尋問の結果(ただし新光義以下いずれも後記信用しない部分を除く)を考え合せると、次の事実が認められる。
右申請外会社では見習配車係として採用後二ケ月の見習期間を終えて、責任配車係に昇格させるのが建前であつたが、昭和三十一年五月十五日申請外会社は阪神国道筋に杭瀬、東難波、出屋敷等数ケ所に営業所を新設開業し、一時に多数の責任配車係を必要とする事情にあつたため入社早々の見習配車係に速成教育を実施して正規の見習期間を経ぬ者を責任配車係に任命してこれら新設営業所に配置していたが、見習配車係のときは午前七時から午後五時までの毎日勤務で、独立して一人で責任ある仕事に就かせられないのに対して、責任配車係になると、午前七時から翌朝午前一時までの一日交替勤務で独立して責任ある仕事に就き配車業務の外、非番の日には集金しなければならないので見習配車係より勤務が一層厳しいにも拘らず、給与面では見習配車係にも及ばないことがあつた。もちろん給与規定によれば、見習配車係は独身者は金九千五百円、世帯主は金一万一千円の固定給が支給され、責任配車係になると配車の実回数等に即応する能率給に変り、能率給が見習配車係当時の固定給を下廻るときは、その額までは保証されることになつていたが、これら営業所がいずれも新設早々で配車回数も少いためもあつて新任の責任配車係には昇任が自覚される程収入が増加していなかつた。そのためにこれら営業所の配車係の間には、給与が責任に伴わず、会社から実質的には見習配車係として遇され乍ら責任配車係としての就労を要請されることに対して不満の空気が流れていた。又責任配車係が客から電話による配車の需めに応じて運転者に配車指示をした場合、運転者は客から乗車賃として現金又は会社発行の乗車券を受取るのが建前であるが、運転者がそれを貰つて来ない場合に当の配車係が運転者に対し赤伝票(一時未収伝票)を発行し運転者がこれを会社の納金係に渡すことがある。配車係は、赤伝票を切ると、その料金を四日以内に集金して会社に納付しなければならず、集金できないときは、配車係の給料から未収料金を差引かれることの承諾を意味する黒伝票を切らなければならない。運転者が心易い客を乗せて料金を貰わなかつたような場合は運転者が右と同趣旨の黒伝票を切ることもある。従つて、配車係が赤伝票を切ることは、集金の責任が配車係に帰し顔も見たことのない客の料金を保証することにもなり、ひいては、未収料金についての責任の所在につき運転者と責任配車係の間に確執を生ずることにもなりかねないので、配車係として如何なる場合に赤伝票を切るべきか判断に苦しむことがあつて、そのけじめを解決することは薄給の新任配車係にとつて切実な問題として考えられていた。そこでこれらの諸点に関する日頃の不満や疑問につき前記六月十三日の配車係総会の席上で新任配車係鈴鹿仁(当時東難波営業所勤務)が中心となつて新光義運輸部長に質疑したが、同部長より納得の行く説明が与えられなかつた。当日の総会に参加した右鈴鹿仁、杭瀬営業所勤務の森本高茂(現在人事係長)、出屋敷営業所勤務の浜田進(右六月十五日退社)の配車係三名は、いずれも同部長の説明にあきたらぬ思いのまま帰途、被申請人と共に杭瀬営業所に立寄り、翌十四日の総会に参加する同営業所勤務の小畑善弘配車係にその日の模様を知らせ、寄々話し合つたがその際偶々右鈴鹿、小畑、森本、浜田の間に翌日の総会にテープレコーダーを持込んで新部長との質疑応答を収録する話が誰からともなく持上がり、右四名ともこれに賛成した。その目的は新部長を質問攻めして怒らせ同部長自身の無能をとらえたり威喝することにあるのではなく、配車係の服務並に責任にかかわる切実重要な問題について翌十四日の総会において小畑が質問し新部長との質疑応答の模様を正確にとらえて配車係自身の労働条件につき後日の証拠にするためであつた。そこで翌十四日小畑が東難波営業所に立寄り、同所勤務の右鈴鹿の家から同人所有のテープレコーダーを取寄せたが、故障していて修理が間に合わなかつたので、修理先の電気店よりテープレコーダーを借受けてこれを本社の会場に持込んだものである。(当日の総会は会社側の都合により流会となつたことは争がない)
ところで、被申請人は藤野配車係長の指示を受けて前記総会に先立ちこれに参加する指導中の配車係に対し就業規則等の説明をしたことはあるが、別にこれら配車係と予め打合せ又はこれを煽動して総会において質疑をなさしめて新部長を質問攻め又は吊し上げようとしたことはなく、前記六月十三日における鈴鹿配車係の質疑も同配車係自身が日頃実感していた前記の如き労働条件に対する不満や疑念から自発的に発言したものである。尤も前記配車係の間からテープレコーダー持込みの話が持上るに至つた会合の際被申請人もその場にいて配車係達と共に当日鈴鹿配車係と新部長との間に交わされた質疑応答を話題として口々(クチグチ)に同部長を批評し、更にテープレコーダーを使用するについてマイクは判らないように部長の机の下におき判つたらその机の上におけばよい等と話し合つたことはある。(証人鈴鹿仁の証言、被申請人本人の供述中、右認定に反する部分は証人森本高茂の証言に照して信用しない。)しかし新部長が使用者側の責任者として配車係の総会の席上配車係に就業規則等につき説明するからには、同部長自身が配車係の勤労実態を十分に把握しこれに対する就業規則その他による労働条件を適切に説明しうるだけの研究と能力を備えていなければならないこと当然であつて、日頃の労働条件につき只でさえ不満と疑念を抱いている配車係が同部長より納得の行く説明が与えられなければ、配車係の仲間で同部長に種々の評価を加えるに至るのも人情自然の帰趨としてやむを得ないところであり、又テープレコーダー持込みの件もかかる雰囲気の下で前記配車係の間から期せずして持上つた動きに外ならず、被申請人が別に配車係を指揮、指導又は煽動してこれを持込ましめたものではないのであつて、被申請人は単に配車係の右動きに同調したに過ぎない。しかも右持込みの目的は、配車係自身にとつて重要且つ切実な労働条件を明確にしておくことにあること前叙のとおりであつて、新部長を吊し上げその無能を暴露するためではなかつた。
申請人は被申請人が前記六月十四日の総会の席上配車係を煽動して新部長を吊し上げその無能の状況を収録するためテープレコーダーを持込んだと主張するけれども、証人新光義の証言、甲第二十五号証の記載中右主張に副う趣旨の部分は証人森本高茂、同鈴鹿仁の証言に照し信用し難く、他に右主張を認めるに足る証拠はない。
このようにみてくると、前記テープレコーダーの持込みは前記配車係達がその職場に固有の労働条件について職制に対し対等の姿勢をもつて明確にしようとした行動であつて、たとい所属組合の指令に基かないにせよ、その経緯、目的、手段、方法からみて、一種の合法的な職場活動の域を出ない行動とみるのが相当である。そこで被申請人のこれに同調する言動が非難に値するかどうかについて観るに、被申請人は神戸の申請外会社に派遣されている間は配車係の指導員として新米の配車係の職務遂行に関しては、これを指導し上司たる新部長を補佐すべき立場にあるけれども、配車係の労働条件に関する問題に対しては何等前記申請外会社の利益代表者的立場にあるわけではないから、かかる労働条件に関して申請外会社を弁護したり上司たる新部長の手足となつて動くことを要請されるものではない。殊に大阪(申請会社)神戸(申請外会社)及び京都の各相互タクシー株式会社は資本的には同一系列に属する会社であつてこれら三社の従業員は単一の相互タクシー労働組合を結成し同一の労働協約、就業規則の適用を受け(成立に争のない甲第一、第二号証第三十二号証の二参照)、申請人は申請会社の従業員として右組合の大阪支部の職場委員に選出されていた関係にもあつたから(この点争がない)、被申請人が申請外会社の配車係の労働条件に関しては、寧ろ前記配車係達の立場に即して判断し意見を述べることの方が自然なのである。従つて、被申請人がこれら配車係の労働条件に関する問題について前記配車係達と共に新部長を批評し更に同人等のテープレコーダー持込みの動きに同調する言動をなしたことは、同配車係達の合法的な職場活動を側面から支援するものとして、やはり合法的な職場活動に属する行動とみるのが相当であつて、毫も非難に値しないといわなければならない。証人新光義、同市田実二郎の各証言中右認定に反する同証人等の見解は当裁判所の採用しないところである。
これを要するに、前記テープレコーダー持込みの件につき被申請人には申請人主張の解雇理由の(1)に該当する行為はなく、被申請人のこれに関与した言動は、被申請人の正当な職場活動である。
2 同解雇理由の(2)について
被申請人が同年七月始め頃、新運輸部長より尼崎の料亭「近松」に対する未収料金十二万円の集金を命ぜられたことは当事者間に争がなく、弁論の全趣旨に徴して成立を認めうる甲第三十号証、第三十一号証の一、二、証人新光義の証言に被申請人本人の供述(但し一部)及び同供述により成立を認めうる乙第二号証を合せ考えると、「近松」の未収料金十二万円は神戸の相互タクシー株式会社(昭和三十年十月二十一日発足)の前身である神戸交通時代からの古いものであつて、当時から引続き勤務して神戸相互本社の配車課長をしていた西村富夫と野崎配車係(同年七月頃には運転者に替つていた)が集金に当つていたものであるが、同年七月始め頃新部長が指示して西村、野崎の両名に集金に行かせたところ、「近松」より現在支払が出来ないが、整理つき次第月々分割払するとの言質を得、現在十三万円なにがしの未払金があることを証明する旨の仮証明書を持帰つたに止まつたので(このことも響いてか西村課長は七月二日退社している)、新部長はその直後被申請人に対し西村課長の右処置を子供の使いのようだと難詰しながら、被申請人自身に右集金に行く様指示したものであつて、これに対し被申請人は「そんな古い集金に行く必要はない」「そんな古い集金は昔の係の者に行かせたらよい」「私が行くことはまずいのではないですか」等と述べてこれを拒否したことが認められる。被申請人は新部長が被申請人の集金に行かないことを諒承したと主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない。
しかし乍ら、右認定の事実に成立に争のない甲第三号証、証人市田実二郎、同新光義(但し一部)の各証言、被申請人本人の供述を合せ考えると、被申請人が神戸相互に派遣されて社長から指示された職務は神戸相互が阪神間に新設した営業所が同年五月十五日を期して一斉に開業する運びとなつたので、右開設に関する事務並に現場指導についての神戸相互の業務を援助することにあつたのであり、しかも、右派遣中も被申請会社の従業員として申請会社の請求書作製日、月末集金日、五日集金日に限り申請会社本社の勤務に戻ることが定められているのであつて、前記業務援助の詳細については新部長の指示を受けることになつているとはいえ、神戸交通時代からの古い未収料金の集金の如き、新営業所の開設業務や現場指導と関係のない事項は本来被申請人の職務ではないし、新部長はかかる事項についてまで被申請人に指示権をもつものではないと解するのが相当である。証人新光義の証言中、右認定に反する部分は採用しない。従つて被申請人には就業規則違反として問われるべき命令拒否はないといわなければならない。
仮に新部長にかかる事項について指示権があり、従つて被申請人の右行為が集金命令拒否になるとしても、前記各証拠並に証人鈴鹿仁の証言によれば、次のように認められる。被申請人自身が集金に行くことを命ぜられたのは、これがはじめてで派遣期間を通じ前後一回に過ぎない程異例の事に属し、被申請人は専ら新営業所の開設事務並に新任配車係の現場指導に当つていて、右集金についてはその直前まで神戸相互本社の西村配車課長や被申請人の指導下におかれていない野崎配車係の如き神戸交通時代からの従業員が取立の衝に当つていたことからすれば、被申請人としてはかかる古い未収料金の取立のために神戸相互に派遣されているのではないと思うのも無理からぬ一面があり、又右未収料金が古くからの焦付債権であつて、被申請人より遙かに地位の高い西村配車課長を以てしても尚且取立困難なものにつき、神戸相互に一時派遣されているに過ぎない被申請人に西村課長の面目を潰すような仕方で取立の督促を指示することも穏当でない。いかに被申請人が職務上新部長の指揮下にあるとはいえ、被申請人は申請会社の従業員であるから、神戸相互の首脳である新部長としてはこのような神戸交通時代からの古い焦付債権の回収を被申請人に指示するに当つては被申請人と相談づくでその協力を求めるという態度と雅量を持することが望ましく、命令系統を楯に厳しくせつかちに取立を督促し極めて感情的な半面が窺われるのは、上司の執るべき態度としても妥当とはいい難い。これら諸般の事情並に被申請人が前記業務部長の面で極めて熱心に職責を遂行していた点を斟酌すれば、被申請人の右命令拒否を目して申請会社社長の前記派遣命令に反抗するものとして解雇事由に値するものとは認め難い。
3 同解雇理由の(3)について
同年七月十四日午前十時頃新部長が藤野配車係長に尼崎の料亭「よしの」の滞り運賃の回収を督励指示したことは当事者間に争ないところであるが、証人新光義の証言(但し一部)に被申請人本人の供述並に前示甲第三十三号証の一、乙第二号証を合せ考えると、「よしの」は前記神戸交通時代から得意先で神戸相互になつてからも運賃の支払が二ケ月遅れになつていたが、前記西村配車課長から現場の配車係に対し、「よしの」の支払日は毎月五日から十日頃までの間に先方で支払予定を組んで電話で通知することになつていて他の日に行つても無駄足を使うから先方から電話が有り次第集金に行くよう指示されていたので、藤野配車係長(被申請人と同様申請会社から配車係指導員として派遣されている人)が新部長の右命を受けてその場に居合せた出屋敷営業所勤務の檜垣配車係に「よしの」の集金方を指示していた際、被申請人は同配車係の現場指導員としての立場もあつて傍から西村課長の指示による現場の右実情を述べたに止まり、新部長の右指示を真正面から妨害したものでないことが認められる。証人新光義の証言中右認定に反する部分は信用しない。従つて、被申請人には申請人主張の如き命令妨害の事実は存しない。
4 同解雇理由の(4)について
被申請人が昭和三十一年七月二十六日申請会社に帰還を命ぜられ、その後責任代勤配車係から普通代勤配車係に降等処分を受けて申請会社の北営業所に間勤配車係として勤務していたことは当時者間に争がなく、証人一森太郎、同市田実二郎の証言に被申請人本人の供述、原本の存在並に成立について争のない乙第三号証の一、二、及び弁論の全趣旨を合せ考えると、被申請人は北営業所において当初は午前七時から午後五時まで、後には正午から午後十時まで責任配車係と二人で勤務し、その間電話による配車申込に応じて運転者に配車指示し、営業所で乗込む客にドアーサービスし、営業所の整理整頓をすること等がその主な仕事で、勤務時間中、閑散な時を見計つて交互に合計二時間宛の休憩時間が与えられていたものであること、申請会社は同年八月始め同営業所の責任配車係秋武米三郎、同古沢新一の両名から「今後被申請人の勤務について厳重に監督し社規に反したり勤務時間中に組合運動を行うようなことがあれば厳重に注意を与えると共に細大洩らさず直ちに上司に報告する」旨の誓約書を夫々提出させ、被申請人を要注意人物として監視していたにも拘らず、右誓約書提出後本件解雇通告に至る間右責任配車係両名から被申請人の勤務上の反則行為について何等報告されていないことが認めれる。(但し甲第十四号証については後述する。)これらの点からしても申請人主張の如き長期に亘る勤務怠慢についてこれに副う趣旨の証人村田美一の証言は信用し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。
尤も北営業所で個定車勤務の村田美一や宮川泉の各班長運転者の目に被申請人が電話応接もせずに勤務を怠けている風に映つたことがあるとしても、弁論の全趣旨から成立を認めうる甲第六号証、証人一森太郎の証言によれば、それは被申請人が北営業所で勤務中に電話の応接に出ているのを申請会社の一森太郎配車課長が現認して相勤の責任配車係に「お前が電話をきかんといかんじやないか」と注意して以来のことであつて、一森課長にしてみれば責任配車係と間勤配車係とが相勤しているときは責任配車係が電話をきいて間勤がこれを運転者に取次ぐのが普通の勤務態勢であることを考えて述べた言葉であるかも知れないが、被申請人とすれば、いかにも被申請人が電話に出てはいけない趣旨の注意と受取るのもやむを得ないところである。従つて、じご被申請人が責任配車係と相勤中、電話の応接に出なかつたとしても、それは右のような事情に因るものであつて、職制の側で寧ろ被申請人の勤務意欲をそいでいるからに外ならないから、これを解雇理由として取上げることはできない。
5 同解雇理由の(5)について
成立に争のない甲第十一号証の一、二、並びに被申請人本人訊問の結果によると、被申請人は同年七月二十七日午後五時で勤務時間を終了し同五時五分頃本社に退勤連絡して後前記秋武責任配車係から同人がガレーヂの掃除をする間電話をきいてくれと頼まれたので同日午後六時過頃まで配車手伝をしたが、その間上衣を脱いだまま電話の応接をしたこと、翌二十八日も午後五時で勤務時間を終了後退勤しようとして営業所の室内で上衣を脱いだ時、電話のべルが鳴り、丁度古沢責任配車係が他の用件で電話中だつたので、突差に上衣なしで室外に出て電話をきいたことが認められる。証人市田実二郎の証言中右認定に反する部分は信用しない。
ところで、申請会社は「夏期制服実施の件」という指示において、配車係は「服務中」夏期制服を着用し、シヤツ一になつてはならないことを定めているが、右指示にいわゆる「服務中」とは就業規則にいう「就業時間」を指すものと解するのが相当である。申請人は就業時間を終了しても本社に退勤報告するまでは服務を離れたとはいえないと主張するけれども、証人市田実二郎、同一森太郎の各証言並に証人一森太郎の証言により成立を認めうる甲第十六号証によれば、営業所勤務の配車係が出退勤時刻を本社に電話連絡させるのは、本社と営業所が距つているため営業所勤務の従業員の出退勤時刻を本社において把握するためのものに過ぎず、就業時間終了後退勤報告するまでの時間に対しては会社は何等賃金を支払わないことが認められるから、配車係は前記の如く就業時間の終了と共に服務を離れると解すべきであり、申請人の右主張に副う証人市田実二郎同一森太郎の見解は採用しない。
従つて、被申請人が前記の如く午後五時までの勤務時間即ち就業時間を終了後、好意的又は突差の間に上衣なしのシヤツ一枚で電話の応接をしても、前記制服指示に違反するものではない。
6 同解雇理由の(6)について
被申請人が同年十月十九日北営業所の休憩室で私用の葉書を書いたことは当事者間に争なく、成立に争のない甲第十五号証、弁論の趣旨に徴して成立を認める甲第十四、第二十六号証、被申請人本人訊問の結果によると、当時被申請人の勤務時間は正午より午後十時までで、その間休憩時間として合計二時間が許されていること前記のとおりであり、被申請人が右勤務時間中の閑散時である午後四時か五時頃より約一時間余に亘つて続けて休憩をとり休憩室において葉書二枚を書いていたことが認められる。(右認定に反する甲第十四号証の記載内容は措信しない。)休憩時間の利用は従業員の自由であることはいうまでもないところであり、又閑散時に数回に分けて休憩をとるのが建前であるとしても、閑散時に続けて一時間以上の休憩をとつたからといつて、これによつて当日の配車業務に支障を来したと認められない本件において、被申請人が右休憩の機会を利用して私用の業書を書いたことは、何等就業規則違反としてとがめられるべき筋合のものではない。
7 同解雇理由の(7)について
被申請人が前記七月二十八日北営業所を退勤する際本社に退勤報告をしなかつたことは当事者間に争なく、被申請人本人の供述に前示甲第十一号証の二、第十六号証によれば、被申請人は同日朝会社本社に出勤した際同日の勤務を終えてから神戸相互に派遣中の手当を貰いに行く旨連絡していたので、前記の如く午後五時までの北営業所の勤務を済ませて神戸相互に行き、同日午後八時過頃会社本社に帰社して守衛に退勤報告方を依頼したに止まり、会社に虚偽の報告をしたわけではなく、又仮りに北営業所を退勤するとき本社に連絡しなかつたことが退勤記録の無記入となるとしても、被申請人の失念によるものであつて、成立に争のない甲第二号証、証人一森太郎の証言によれば、就業規則第三十条では遅刻、早退、退勤記録の無記入を合せて三回になると勤怠の査定において欠勤一日としての扱いを受けるに過ぎず、従つて、右一回だけの失念を目して勤務怠慢と称しえないこと勿論である。
以上本件各解雇事由について個別的検討をなして来たのであるが、これを要するに、被申請人には申請人主張の就業規則第八十一条各号に該当する行為はいずれも認められない。仮りに申請人主張の解雇理由(2)にあげる命令拒否の行為が右就業規則に該当するとしても、前記のとおり諸般の事情に照して解雇処分に値せず、しかもこれに対してすでに申請会社は被申請人を責任代勤配車係から間勤配車係に降等して処分を加えているのであるから、その後に何等の反則行為も認められない本件においては、更に右行為を理由として解雇処分することは一事不再理の原則に反して無効といわなければならない。従つて本件解雇処分はそれが不当労働行為的意図を以てなされたかどうかは別として、すでにこれらの点から無効といわなければならない
更に不当労働行為の成否について観るに、
(イ) 申請人は本件解雇処分の理由として前記(1)から(7)までの理由をあげているが、証人市田実二郎の証言によれば申請会社は神戸相互の新光義運輸部長の調査報告に基く前記解雇理由(1)のテープレコーダー持込みに関する被申請人の言動に決定的重点を置いていたことが認められる。
(ロ) 右テープレコーダー持込みに関する被申請人の言動は前記のとおり正当な職場活動である。にも拘らず、これを新部長が不穏な煽動とみるに至つたのは、同部長には被申請人が神戸相互に派遣されている間は神戸相互の職制的立場で行動することが期待されていたのに却て被申請人が同部長に新任配車係の勤務実態を訴えその労働条件の改善を要望したことから、同部長が日頃被申請人を労働者に味方するもの、職制に抗するものとにらみ前記テープレコーダー持込みの件の調査過程においてかかる使用者的反感を以て事実を歪曲したからに外ならない。この点は証人鈴鹿仁、同森本高茂の証言並に被申請人本人の供述と甲第二十五号証を対比検討して認められる。
(ハ) 申請会社は被申請人を神戸相互から帰還させて北営業所の勤務に就かせて以来前記のとおり被申請人の組合運動に注目し、要注意人物として厳重に監視していた。
(ニ) 会社と組合間に昭和三十一年十月十三日締結された労働協約には一方にユニオンシヨツプ条項が含まれながら、他方「此の協約に署名した組合上順三役の半数以上に異動のあつた場合は本協約を無効とする」との附則規定や「労働組合の上級団体に加盟する場合は、会社と協議せなければならない」(第八条)との規定が存するのであつて(争なし)、この点からしても申請会社首脳部の組合運動に対する認識理解の程度や組合幹部ないし組合員の多くの者の組合の在り方及び組合運動に対する意識、自覚の程度が略々推察される。
(ホ) 被申請人は右協約締結後の同月二十四日組合の職場委員(中央委員)に再選され、その翌日本件解雇通告がなされた(争なし)。申請人は本件解雇通告当時右再選の事実を知らなかつたものの如く主張するけれども、前記諸般の事情に照して当時申請会社が右再選の結果を知らぬ筈はなく、証人市田実二郎の証言中右主張に副う部分は信用しない。
以上(イ)ないし(ホ)の事実に前記認定の各事実及び証人市田実二郎の証言(但し一部)を合せ考えると、申請会社としては被申請人の組合機関(中央委員会)における言動を懸念していたというよりは寧ろ被申請人の職場活動に注目していたのであつて、前記テープレコーダーの件を契機として被申請人が申請会社の他の従業員に働きかけて職場活動を展開し徐々に組合内部にその勢力を扶植して組合の性格及び傾向に批判変更を加え、ひいては労働条件に関する要求として活溌に組合活動を推進して行くおそれのあることを看破し、かかる分子をその活動の萠芽状態において逸早く企業外に排除するため前記(2)ないし(7)の解雇理由の如き全然解雇事由に該当しないか又はこれに値しない事由を附加して本件解雇処分がなされたとみるのが真相と思われる。してみれば、本件においては、被申請人が申請会社の内部において活溌に組合活動を推進した具体的行動は未だ認められないにせよ、更に又被申請人主張の如き不当圧迫の事実(事実欄第三の二、の(二)の3の(イ)(ハ)(ニ)参照)を認めるに足る証拠がないにせよ、結局本件解雇は申請会社が被申請人の前記認定のテープレコーダー持込みに関する職場活動に表徴されるところの、右の如き意味における組合活動分子たることに注目し前記職場活動を決定的動機とするものといわざるを得ない。従つて、本件解雇は不当労働行為として無効である。証人市田実二郎の証言中、右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
以上のとおり、本件解雇はいずれの角度からみても無効であり、被申請人は依然として申請会社の従業員たる地位を保有しているといわなければならない。申請人は被申請人が昭和三十二年二月九日解雇を承認して離職票を受理したと主張し、右離職票の受理については被申請人の争わないところであるけれども、離職票の受理は失業保険金受領のためになされたものと解するのが相当であつて、これによつて解雇を承認したものとは到底認められないし、他に解雇承認の事実を認める証拠は何等存しない。従つて解雇の有効を前提とする申請人の本件仮処分申請は爾余の点につき判断するまでもなく、失当として却下を免れない。
被申請人が解雇された当時被申請人の一ケ月平均賃金が金一万一千二百五十円であること、会社の賃金支払期が毎月二十八日であることは当事者間に争なく、申請会社が被申請人の就労を拒否していることはその主張自体によつて明らかであるから、被申請人は申請会社に対し依然として賃金請求権を有するものであつて、その額は特段の事情の認められない限り右平均賃金の割合によつて算出するの外はない。従つて、申請会社は本件解雇通告の日の翌日である昭和三十一年十月二十六日以降毎月二十八日限り前記平均賃金の割合による賃金を支払わなければならない。
ところで被申請人が賃金収入を生活の資とする賃金労働者として、本件解雇によつてその収入源を失い生活の危機に直面するであろうこと、従つて本案判決の確定まで救済を待つていては回復することのできない損害を被るおそれがあることも容易に推察されるところである。従つて、被申請人は当面の生活危機を排除するため地位保全及び賃金支払を求める緊急の必要性があるものといわなければならない。申請人は諸種の理由を挙げて被申請人に保全の必要性がないことを主張するけれども、その所論には主張自体理由のないものや被申請人の言葉尻を捉えた牽強附会の主張が含まれているのであつて、右保全の必要性を欠くことを首肯するに足る主張並に反証は存しない。
よつて昭和三一年(ヨ)第二四四六号事件につき申請人の申請は失当として却下し、昭和三一年(ヨ)第二七二四号事件につき被申請人の申請は理由があるからこれを認容し、両件を通じ訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 木下忠良 戸田勝 野田栄一)